Ceremony ?
もし、偶然にも、不可思議な異文化の儀式のようなものに遭遇したら、危険が無いとわかるまで誰しも一瞬はたじろぐに違いないですよね。
友人と二人でこの連休に無計画旅行をしようと車で出かけた二日目、予定外だったのだけどいろんな状況が重なりこの島に一泊することになりました。飛込みにも関わらず部屋を確保することができてこれで一安心と、ふと隣を見るとこちらと同じ大きさの部屋に女性7~8名が出入りしています。まあ、ここでは一部屋を大人数で使うのは大して珍しいことでもないしと気にも留めませんでした。
あれ?と思ったのはそろそろ空も暗くなりかけたころ。ベランダでタバコをふかしていると、浜辺からひげ面に筋骨隆々とした男二人が現れ大きな声を張り上げ女性たちに集合をかけています。気の弱い生徒が先生の怒鳴り号令に怯えたような様子で、みな一目散にサンダルをひっかけつんのめりながらリーダーのところへ走ってゆきます。
女性たちはみな若かったけど明らかに学生の年齢では無かったので、リーダーと共に何かのサークル活動に来ているのかなあと思ってたんですが、夜もふけそろそろ12時になろうかという時刻、寝る前の一服をとドアを開けたそのとき、気になるその怪しい状況を見てしまったんです。
リーダーらしきその男を先頭に、全員が手と手をつなぎ一列になり浜辺の木々を縫うように中腰のまま走り回っている。とてもレクリエーションという感じではなくて、全員が男の号令に小さな声で合わせながらひたすら浜辺を裸足で迷走しているんです。もう一人の逞しい男は別な女性グループのリーダーらしく、浜辺で円陣を組んでやはり5~6名の女性となにやらうつむきながら話をしてるらしいのが暗闇の中にぼんやりと見えます。
寝かかっていた友人を部屋から呼びだし見たことを説明していると、さっきまではいなかったのにいつの間にか昼間部屋の鍵を持ってきてくれた大家の息子らしき若い男が丁度私たちと浜辺の間に立っています。彼女たちの行動を尋ねようかとも思ったんですけど、あまり友好的な感じではなかったのでちょっと声をかけるのが憚れました。
友人が外に出て確かめてみようと言い出すので、やめとけと制したんですが彼は興味が先走り止らない。少しばかり不安はあったけど、まあ、大丈夫だろうと私も出て様子を伺うのだけど、木々の陰になっているしこの月明かりでは彼女らの様子がよく見えない。少し先の桟橋まで行けば横位置から見えるかなとそちらへ歩き出し、桟橋の中程まできたとき、友人が殺しつつも少し緊迫した声で、、、
「誰かこっちに来る!」
え?と桟橋の入り口を見ると、さっき私たちの目の前にいた大家の息子らしき男が自転車に乗ってこちらに向かってくるんです。こんな時間に地元の人が一人で桟橋になにしに来るんだろう?と、思った次の瞬間気づいた、というかそう思ってしまったんです。
「あっ、・・・・彼は見張りだったんだ!」
言った自分でぞっとしてしまった。もしこんな袋小路の桟橋でなにやら刃物や武器でももって来られたら海に飛び込む以外逃げ場が無い!と、まあこんなあり得ない不安を不覚にも抱いてしまいました。
自転車の彼が桟橋に入ってきたと同時に女性たちのリーダーと思しき男二人(だと思う)が静まり返った砂浜で突然大声で叫び始めました。私も友人もバハサ単語を少しばかりは知っているんですが、ぜんぜん聞いたことの無い意味不明な単語を繰り返し叫んでいます。
いやー、これはちょいとまずいかなあと軽く緊張する私たちのとこに彼が、ゆっくりゆっくり近づいてきます。きーこ、きーことペダルをこぐ音が月明かりの中で妙に響いています。
無意識に体に力が入る。そして、二人は彼を瞬きもせず凝視し続けます。
彼は私たちの目の前をゆらゆらと揺れながら通り過ぎます。
だけど彼は私たちを見ない。一切見ようとしていないようにみえる。桟橋の先を見つめたまま通り過ぎ先端でとまり自転車を降りましたが、今度は明らかに私たちのことが見える方角を向いてそこに立っています。
浜辺では途切れ途切れですがまだ奇声を張り上げてる、さっきの迷走していたグループも砂浜に円陣を組んでいるのが見える。興味はあるけど、これはこれ以上ここにいるのはまずいかなあと部屋に戻ることにしました。大した距離ではないのだけど部屋に戻るまで微妙に緊張。
そして、、、
まあいっかとそのままぐっすり寝てしまいました。
翌日目を覚ますと前日の曇り空から一転、やたら朝日の眩しい晴天でした。
7時半の1番船に乗ろうと決めていたので、6時に起きて出発の準備。
多すぎた荷物をよっこらせと担ぎ部屋の鍵を返しに大家さんのとこに行くと彼が出てきました。自転車で私たちの前を無言で一瞥することも無く通り過ぎたあの彼が、いかにも素朴な優しい笑顔で。
「昨日来たばかりなのにもう帰るんですか?」
「はい、最初から一晩の予定でしたから」「どうもお世話になりました」
「ところで、私たちの隣に泊まっている沢山の女性たちは何かのサークルですか?」
天気は良いし気分も良かったからか平然と聞いてしまった。
すると、彼は意外な質問を受けたような困った顔つきでこう答えたんです。
「え?」
ん、まずかったかな、、、と思っていたら彼はこう答えたんです。
「となりには昨日からは誰も泊まってはいませんよ」
「予約は入っていたんですけどね」
はっ!と、振り向きその部屋の玄関を見ると、入り口に散乱していた筈のサンダルも、ベランダの物干しロープに掛かっていた筈の色とりどりのタオルも無い。そういえば朝から人の気配が無かったなあと。
二人はぽかんと顔を見合わせ、へへへっと笑いながらそそくさと桟橋へと向かったんだとさ。