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水曜日, 2月 06, 2008

Pray

-Japan- (FUJICA ST605-II * EBC-FUJINON 35/1.9 * FUJI PROVIA 100)

神仏を信じ、祈る気持ちとその為の習慣を小さな時から教えられ守り続けた人とそうでない人とでは、その人の人生や生活にどれくらい幸せの差が出るのでしょうか?

”困った時の神頼み”とは、昔の人は旨く言ったものだとつくづく感心します。

普段お祈りの一つもしない人が身内や親しい人に災いが降り掛かりそうになると、あたかもいつもお祈りしてるマイ神様がいるかの如く”神頼み”を始めるのですから。勿論かくいう私はその筆頭。

またもムリムリに使った今回の写真はお稲荷さんですから、これは災いというより寧ろ豊作祈願系統の神様であり、冒頭から話題を若干外しておりますことはご勘弁。しかし神頼みには変わりなしということでこれまたご容赦。

歳を重ねる毎に神仏にすり寄ってゆくなど失礼千万とは思えど、そのような環境にいなかった人(私)が若かりし時にそのような気持ちが湧く訳も無く。いやは や何とヒト(ワタシ)のわがままなことかと思うことしきりです。いや、すり寄ってったりなんかしてないんですよ、まだ。只、ゴルフしてて膝がパキパキ鳴 り、グリーン上でライン読むのに腰を低くするのがちょいとばかし苦になりだしたりすると、将来的にそうなる可能性は十分ありだなあ、、、と。

本日のNHKニュースに依れば、身近に心中を打ち明けられる人がいる人といない人とでは死亡率があきらかに違うとか。。。神頼みも良いけど、元気なうちは仲良しとなるべく楽しい時間を沢山たくさん過ごすのが得策、と、つくづく思うのでありますよ。

それに、、、

慈悲深い神様ならこんなわたしの土壇場のお願いでもきっと聞いてくれますよねっ。

、、、、、ねっ!?
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2 Comments:

Anonymous 神様(shibuya) said...

よーし解った。

2月 09, 2008  
Blogger simbaba said...

わ〜、おひさ。
じゃ、そんときははよろしくです。

2月 09, 2008  

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